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新宿の路線価と思い出

category: その他
第94号(2017年09月1日発行分)
元国税調査官・税理士
黒崎 俊夫

先日、今年の路線価が発表された。日本一高い銀座鳩居堂前は1㎡あたり4032万円と前年の3200万円から+26%、800万円の伸びを示し、平成4年のバブル期の最高額3650万円を上回った。葉書一枚分47万円。
 かつて新宿高野フルーツ前が日本一だった時期がある。昭和60年625万円(銀座615万円)同61年848万円(銀座同額)がそれであるが、今年は2448万円と銀座の60%、1600万円も水をあけられた。挽回は不可能だ。別に新宿が衰退したわけではない、銀座の価値がそれ以上に上がっただけである。

夏のさなかの金曜日の今日、事務所のある中野坂上から新宿まで、路線価のコピーを抱えてぶらぶら歩いて帰ることにした。(中野坂上路線価139万円/㎡。カッコ内以下同じ)
 青梅街道を新宿方面に歩くとまもなく十二社通りという道にぶつかる。通りの西側は狭い路地の両側に木造の小規模な家屋が密集するいわゆる木密地域であり、昭和30年代の雰囲気が漂う。 
 昭和の初めまでここは十二社池という池がある名勝地で、その名残から窪地になっているところがあると以前『ブラタモリ』が教えてくれた。
 十二社通りを渡ると新宿の高層ビルが林立する地域になる。数年前某女性歌手が転落死したマンションの前(77万円)で私は鞄からウォークマンを取り出し『新宿の女』にセットした。

  • 私が男になれたなら
  • 私は女を棄てないわ
  • ネオン暮らしの蝶々には
  • やさしい言葉が沁みたのよ
  • バカだな バカだな
  • 騙されちゃって
  • 夜が冷たい新宿の女

かつてこの地域は「角筈」と言われていた。浅田次郎の短編に『角筈にて』というのがある。中年を迎え挫折したサラリーマンが、幼少の頃角筈のバス停で生き別れた父親の面影を追うといった話だが、好きな小説のひとつである。今、角筈という地名は残っていない。あるのは角筈図書館と新宿の東口と西口を結ぶ角筈隧道という通路くらいである。
 私はその角筈隧道を抜け東口に出た。

アルタ前(2214万円)、伊勢丹前(2280万円)丸井アネックス前(715万円)を通り新宿御苑(170万円)に行ったが閉門時間はとうに過ぎていた。仕方なく私は裏路地に入り煙草に火をつけた。
 この辺りは昔、旭町と言われていた。生きるために体を売って糧を得る女の心情を描いた林芙美子の小説『骨』の舞台であることを思い出した。
 当時は気が付かなかったが、この主人公のようにこんな路地に佇み客を取る女性がまだいたのかもしれない。当時というのは40年前の話で筆者はこの近くの高校(273万円)に通っていた。
 その頃この地域にあった木賃宿や連れ込み旅館はビジネスホテルに姿を変えていた。
 学校帰り毎日のように立ち寄ったパン屋(168万円)はもうなかった。私たちがそこでコーラを飲んでいると地理の教師が通りかかり言った。「その砂糖水いくらするんだ」「30円です」「そんなもんばかり飲んでいると頭悪くなるぞ」「30円あれば岩波文庫の★が買えるぞ」「昔の生徒は読んだ★の数を競っていたもんだ……」昔の岩波文庫は背表紙に記された★の数で値段が定められていた。勉強もせず、本も読まずだらだら過ごす我々を見て、その教師は学校群制度の導入でレベルの落ちた生徒に怒りをぶつけていたのだろうとその時は思っていたが、我々を鼓舞して言ってくれたのかと今は確信する。

  • 耳のウォークマンは殿様キングスの「なみだの操」に曲が変わっていた。当時のヒット曲である。
  • あなたのために
  • 守り通した女の操
  • 今さら他人に
  • 捧げられないわ

人生を通して守り通してきたものなど私にはなにもない。
 その教師は私の所属した野球部の顧問でもあった。家に帰るとその教師が今年卆寿を迎えるというので一献傾けようという野球部のOB会からの案内状が偶然にも届いていた。何十年もお会いしていない。
 今の内に改めて感謝の気持ちを伝えておかなくてはという思いもあり、出席欄に〇をつけてさっそく返信した。

税務総合戦略室便り 第94号(2017年09月1日発行分)に掲載

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