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元国税調査官のひとりごと 第27回 
電車から見えるんです

第86号(2017年01月01日発行分)

伊藤 徹也

何年か前の税務調査の体験談です。

1 車窓から見える温泉

通勤電車から見えている、ビルの屋上にある露天風呂、大きな岩や、葦簀の囲い、「ゆ」と書かれたのれん、明らかに露天風呂がビルの屋上にあるのです。いつもうらやましく思って見ていました。
 ある日伺った先が、あれ? このビルは……電車から見ているビルだ。
 概況の聴き取りの中で、屋上の露天風呂の話に触れてみました。
 「いつもうらやましく思って見ているのですよ」場を和ませるつもりでした。しかし社長は無反応で、露天風呂については何も話してくれませんでした。
 社長の表情がこわばっているので、あれっとは思っていましたが、緊張されているのか、無口な方なのかと、それほど気にせず調査を進めました。
 自社ビルは5階建てで、5階は社長の自宅、屋上には自宅を抜けて行かないといけないようでした。
 何を思っているのかつかめない社長で、やりにくさを感じながらも極力話しかけながら調査を進めていきました。
 調査も終盤に差し掛かり、指摘事項もおおむね出揃ってきたので、あとは調査をどう終結させていくかという段階に入ってきました。

2 突然の豹変

その後しばらくは、業界の噂話や、地域の話など、たわいもない話をしていました。社長も少しずつ話をしてくれるようになったので、再度、屋上の露天風呂について聞きいてみました。  すると突然の豹変、何が良かったのか未だに解らないのですが、一瞬黙ったのちに、別人のようにはっきりした口調で話し始めました。
 どうやら社長は、大の温泉好きで、色々な温泉地に行くのが趣味だそうです。その趣味が高じて屋上露天風呂を作ることにしたそうです。
 社長の永年の夢だったそうで、今や本業よりもこちらに力がはいっているそうです。
 ひとしきり、露天風呂製作の苦労話に耳を傾け、実際に屋上に案内していただいたころには、こだわって作った部分を大きな声で、喜々としてお話しいただきました。

3 全部わかっているから

未だ完成ではなく、満足いくまでにはまだ何年もかかるとのこと。酒も飲まず煙草も吸わない、ギャンブルも一切しない社長の、ある意味唯一の楽しみ。
 閑散期の職人を使うなど製作にかかった費用は全額会社に付込んでいること。
 材料費などは、他の工事の原価に混ぜ込ませていること。等々税務的に不利なことも何もかも話していただけました。
 ひとしきり盛り上がった後、改めて今回の調査の結果を話そうとすると、「全部解っているから」的反応で、その後仕事の話は全然させてもらえませんでした。
 立ち会っていた税理士さんも、露天風呂のことを、最初は福利厚生施設だとかいろいろ反論もしていましたが、途中からはそんな話もなく、ひとしきり温泉談義に明け暮れていました。
 なんでも、この税務調査が終わったら、二人で温泉旅行に行くことにしたようです。
 自分も人の子、こんな話の流れの後で目いっぱいの指摘などできるわけもなく、和やかに調査は終わったのです。

4 後日談

修正申告の数字合わせに来署された税理士が、社長は、無口で何を考えているかわからないところがあって、今一つ深い話ができなかったのですが、あの日以来、経理処理で迷っていることや、資金繰りに対する思いなど、色々なことを相談してくれるようになり、先を見越した決算予測の重要性を理解してくれたように思いますとおっしゃっていました。
 何より、共通の趣味が見つかり、世代的にも近いせいか、急速に信頼をしてもらえたようです。
 来月には、屋上露天風呂のモデルとなった湯布院の温泉にいっしょに行くことになったそうです。
 「それはよかったですねえ、楽しんできてください。でも、旅行に行く前に修正申告と納税は済ませていってくださいね」とつい余計なことを言ってしまいました。税理士さん、苦笑いとともに帰って行かれました。
 こんな対応も、ある意味上手な税務調査の受け方なのではないでしょうか。

税務総合戦略室便り 第86号(2017年01月01日発行分)に掲載

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