税務職員としての国際課税に関する勤務経験に基づき、これまで移転価格税制など様々な国際課税の話しをしてきましたが、4年間の国税庁の国際課税関係部署での勤務の後、大規模法人の調査を担当する、国税局調査部に20年間勤務し、その多くを国際課税の最前線で調査に従事することになります。
まず、簡単に国際課税の大きな流れについて触れたいと思います。
先日、2016年10月8日号の週刊ダイヤモンドの「国税は見ている。税務署は知っている」という特集の中で、私のコメントとして、「国税OBで、国際税務の専門家である立石信一郎・エヌエムシイ税理士法人税理士は、国税の最近の動きを〝すぐに法律を変えて対応している。隔世の感がある〟と舌を巻く」との記事が掲載されました。
その発言の背景について説明しますと、従前は、特に国際課税については、税制改正を行うことが非常に難しかったのですが、近年は税制改正により、素早く税制の穴を塞いだり、新たに国外財産調書制度、出国税等の国際課税に関する税制を次から次へとの導入していることに驚かされているという状況を表現したものです。
税制改正を働きかける方法の一つとして、国税局や税務署において実務上問題が生じている事項について、税制改正の要望をするという方法があります。私自身も、自分の調査において問題となる事項について実際に税制改正要望を行ったり、また、国税局調査部で集約された国際課税に関する税制改正要望を検討するグループにいた経験があり、実務上どのような問題が生じ、これに対してどのような改正が考えられるかについて十分に整理・検討した上で、厳選したものだけを、国税庁そして財務省主税局に要望していました。
しかしながら、それでも国際課税についてまったく税制改正が行われない時期がありました。税制改正できない理由として言われたのは、「新たに納税者に義務を課したり、負担を強いるような改正を行うことは難しい」ということでした。
近年、国際課税に関する税制改正が行われるようになった理由としては、個人的には、次の二点が大きく影響しているのではないかと思います。
一つ目としては、裁判所の国際課税に対する示唆があります。
国際的な租税回避スキームは、専門家などが、各国の税制や租税条約等を研究し尽くし、組成していることが多いことから、一般常識としてはおかしな取引であっても、税法上簡単に対処できないような案件が多く発生してきました。これらに対しては、事実関係を十分に把握した上で、適用できる税法を駆使して課税を行ってきました。
聞いたことがあるかもしれませんが、同族会社が行う法人税の負担を不当に減少させる行為等に対処する規定として、「同族会社の行為計算否認規定」というものがあり、昔は伝家の宝刀と言われ、使用しないことに意味がありました。この規定を適用して課税を行う事例も多くなりましたが、裁判段階で国側が敗訴することも多くなりました。
裁判所の指摘としては、「同族会社の行為計算否認規定」等の、適用範囲が広い一般否認規定をむやみに適用するのではなく、個別の税制改正により対応すべきであるというものです。マスコミでも取り上げられたIBM事件は、「みなし配当」の規定の穴を利用して数千億円の欠損金を生じさせたものでしたが、裁判継続中に税制改正によりその穴を塞いだものの、裁判自体は国側敗訴で終わりました。
二つ目は、国際的な脱税や租税回避に対する納税者の意識の変化が考えられます。
近年は、国際的な活動を行っている多国籍企業や富裕層の租税回避行為等がマスコミ報道されることも多く、最近の「パナマ文書」の問題でもタックス・ヘイブンを利用した租税回避に注目が集まるなど、国際的な租税回避行為等に税制改正により対処することについては、一般納税者の理解が得られる環境が整ってきているのではないかと思います。
税務総合戦略室便り 第84号(2016年11月01日発行分)に掲載
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