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税務総合戦略室 室長通信 第五十一回 
追憶

category: その他
第84号(2016年11月01日発行分)

執筆者1

出会い

7年前の夏の日、私はその人と出会った。
 当時まだ国税局で働いていた私は、今後の人生を考え、税理士としての道を検討するため、会計事務所の面接を受けて話を聞いてみようと考えたのだった。
 その人の印象は強烈だった。それまで20年余に及ぶ税務調査の立ち合いで接してきた数百人の、どの税理士とも全く違っていた。税理士というよりは、調査で対峙してきた成功し勢いのある会社の経営者そのものだった。
 熱を帯びた話と同時にホワイトボードへ次々と書き込まれる今後の事業計画は緻密かつ壮大なもので、その新事業に力を貸してもらえないかという口説き文句に私の心は大きく揺さぶられた。何よりも人を惹きつけずにはおかないそのエネルギーに圧倒されていた。
 気がつけば面接は3時間を超え、すべてが終わった時には21時を過ぎていた。照明の落ちたオフィスを去る際、出口まで見送っていただき頭を下げられたときには恐縮し、慌て、そして感動した。
 帰宅途中の電車の中で、すでに私は転職を決心していた。
「この人のもとで働いてみたい」
それが野本社長との出会いだった。

刺激的な日々

入社しても驚くことばかりだった。出社し現れた社長のいでたちは、オーダーメイドであつらえた真っ白な麻のスーツに鮮やかなネクタイとポケットチーフ、合わせてコーディネートされた白のパナマハット。小説か銀幕の中から飛び出してきたようなその姿には、素直に「カッコいい」と憧れた。
 席に着くなり社員に向かい良く通る声で次々に指示を飛ばす様子は、厳しさの中にも太陽のような明るさを周囲に振りまいていた。  顧客向けセミナーの講師に立てば、あっという間に聴衆をひきつけ、話を聞いている方々が笑い、うなずき、時には涙する、まさにカリスマがそこにいた。

これまで歩んできた人生について少しずつ話をお聞きする機会を得た。第一印象で感じたとおり、普通の会計事務所の所長税理士の経歴ではなかった。波乱万丈の経営者人生だった。

◇昭和48年、28歳のとき、福島県いわき市にある自宅の6畳一間に会計事務所を開業したこと。古看板を拾ってきてペンキで青く塗り、そこに奥様が「野本税務会計事務所」と筆書し、玄関脇に掲げていたこと。15年後には地域一番の規模にまで発展させたこと。

◇東京に進出し、事務所発展の経営ノウハウを全国の会計事務所に惜しげもなく公開する「経営スクール」を開講し、大反響であったこと。その経営スクールの売上だけで10億円を達成したこと。

◇インターネットのない時代に電話回線で会計事務所とクライアントを結び、リアルタイムで双方の情報交換ができる画期的な会計システム「CASH RADAR」を日本で初めて開発し、会社は株式上場一歩手前まで行ったこと。

◇ウインドウズ95の出現により、その新しいシステムに合致したソフト開発が必要となり、その結果開発費がかさみ、借金が24億円にまで膨らんだこと。その後銀行の貸し渋り、貸しはがしにあったこと。6年でその借金を完済したこと。

◇平成20年、64歳のとき、生まれて初めて受けた人間ドックで肺ガンが発見されたこと。手術により寛解したこと。

食事をご一緒することも多かったが、どこに行ってもお店の内装・サービス・メニューなどから自社の事業に生かせるものがないかヒントを探していた。雑談をしながら食事をしていても、必ず最後は仕事の話。とにかくいつも頭の中は仕事のことでいっぱいだった。そのため完全にリラックスして食事をした記憶は一度もない。

税務総合戦略室の立ち上げ

入社して1年が過ぎた頃、当社に税務調査の連絡が入った。国税出身の私は当然ながら税務調査のことを熟知しているため、その調査に対する準備から当日の対応のすべてを担当することとなった。決して楽しいものではない調査の立会いを忙しい社長にさせてはいけないというごく普通の気持ちから、「社長は調査に立ち会う必要はないです。挨拶だけしていただいて、すぐにさがってください」と伝えたところ、大変驚かれ、そして喜んでいただけた。税務調査はその後、何も問題なく終了した。
 この出来事がその後『税務総合戦略室』を創設するきっかけとなった。

自らもオーナー経営者である社長は、経営者にしかわからない心の痛みを理解しており、オーナー経営者が抱える数えきれないほどのストレスから、せめて税金のストレスだけでも解放してさしあげたいという想いをずっと持ち続けていた。
 「国税局出身者が過去の経験から有しているノウハウは税務調査やグレーゾーン部分の否認リスクに不安を持つ世の中の経営者にきっと喜んでいただけるものになる」「今まで日本中どこにもなかった税務の総合病院を作る」どんな出来事も新たなビジネスを作り上げていくヒントにする社長らしい発想だった。
 実際に、複数の国税局出身者を採用し『税務総合戦略室』のプロジェクトが開始してからは、さらに刺激的な毎日が始まった。
 サービスの基本構想、広告戦略、セミナーの構成、パンフレットの作成、失敗を恐れず成功を確信し新しい事業に突き進んでいく姿には畏敬の念を抱いた。事業をゼロから展開していく過程を間近で学ばせてもらった。
 「このサービスは必ず成功する」
社長にそう言われると不安は吹き飛び、勇気がわいてきた。

最後の一年

2015年12月、仕事納め恒例の訓示の際、社員に対し9年前の癌が再発し、ステージⅣの状態にあることが告げられた。
 驚き、ショックを受ける一同に向かい「必ず治して見せるから」と笑顔で宣言された。病をきっかけに「人間も大自然の一部であることに気づいた」「自然と一体の生き方を取戻し、ガンは自分で治す」と、朝に弱い人が、毎朝日の出とともに起床し、早朝ウォーキングとヨガを行い、自家製の無農薬有機野菜ジュースによる食事療法を始めた。
 1か月、2か月と続けるうち、顔色は良くなり、声にはハリが戻り、社員は「昔の社長に戻った」と嬉しそうに語っていた。実際に3月の検査では脳に転移したガンの影が消えたという結果も出て、見る見るうちに元気を回復されていく様子は、ある種の奇跡を目の当たりにしているようだった。

最後の一年間、社長と二人で週に一度、合計30回に亘る「オーナー社長の税金ストレスからの解放セミナー」を行ってきた。毎回同じ話をしているのに、後ろで聞いていてなぜかいつもジーンとさせられた。多くは語らなかったが、同じ目的をもって過ごす2時間が私にとってはセミナーという場を通じた師匠と弟子の会話だったように思う。
 旅立たれる2か月前の7月、予定されていた3回のセミナーをいつもと変わりない様子で、背筋を伸ばし明るく大きな声で務められた。きっと身体はつらかったのだろう。しかしそんなそぶりは全く見せなかった。病状が進行しているとは夢にも思わなかった。

教え

いまでも社長室のドアが開き、ばっちりお洒落して格好良く決めた社長が勢いよくオフィスに入ってくるような気がしてならない。
 公務員だった私にサービス業の本質を教えてくれた。人の道を教えてくれた。
 「人は皆、大いなる大自然の力によって生かされているんだよ」「人間はひとりでは生きることができない。先祖に感謝し、お客様に感謝し、周りの同僚に感謝する」

税理士人生の集大成として行き着いた「税金ストレスフリーパック」は各税務分野の専門家がチームとして力を合わせ、お客様それぞれの税務問題を解決するサービスだ。ひとりの税理士の知恵だけでは解決できない問題も、チーム全員の知恵を集結すれば対応できる。
 社長の意思を引き継ぎ、お客様に喜んでいただける税務サービスを突き詰めていくことが私達の恩返しとなるだろう。

税務総合戦略室便り 第84号(2016年11月01日発行分)に掲載

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