リオデジャネイロ五輪では日本選手団が過去最高のメダル数を獲得し、大変な盛り上がりを見せました。メダルを獲得した競泳、レスリング、柔道、バドミントン、陸上のリレー等々、どの競技もそれぞれ素晴らしかったのですが、団体と個人総合ともに金メダルを獲得した体操競技には驚かされました。重力を無視したかのようなH難度の演技はとても人間業と思えません。昔は月面宙返り(ムーンサルト)で大騒ぎしていたのに、今では月面宙返りは基本的な技で、小学生の女子でも行うようになっているとか……。
前回(1964年)の東京オリンピックの際、C難度(当時の最高難度)を超える大技だったその月面宙返りを表現するためにNHKアナウンサーが思わず発した「ウルトラC」という言葉が、当時の流行語となり、そこから普通ではあり得ないような物凄いこと・想像を超える奇策をウルトラCの○○と呼ぶようになったそうです。
そのため、私共にも「もっとウルトラC的な節税はありませんか?」と訊ねられる機会があります。税金の世界におけるウルトラCとは何でしょうか。
税務における奇策、それを世間では租税回避スキームと呼びます。
租税回避とは何かを解説するために、まずは節税と脱税についてお話ししなければなりません。
節税とは「法律に定められた範囲内で税負担を減少させる行為」つまり完全に合法的な行為です。明確ですね。
脱税とは「納税義務がある、と見做されている人が、その義務の履行を怠り、納税額の一部あるいは全部をのがれること」(広辞苑より)。ここで少し複雑で難しい話になってきます。どのような行為をもって脱税と見做すかの判断基準が必要となるためです。無申告や過少申告があったとしても、税法の不知や、うっかりミス、計算誤りまでを脱税扱いにすることはあまりに酷だからです。
日本においては「仮装又は隠蔽により」納税を免れた場合、一般的には脱税といわれます(広義の脱税)。いわゆる重加算税の対象(行政罰)となる申告漏れのことです。
本来の意味の脱税(狭義の脱税)は「偽りその他不正の行為によって」納税を免れた者に対し、国税犯則取締法に基づく調査(映画や書籍の世界で皆さんが目にする国税局査察部〈マルサ〉の調査)を経て、検察官に告発され、懲役や罰金など司法上の刑事罰を受ける「逋脱犯」となった場合のことを言うのですが、巷では多額の税金の追徴があると、すべて一律かつ単純に脱税と呼んでいるように感じます。
ちなみに新聞・TVニュースなどでは、検察官に告発された事案を「脱税」、単に重加算税の追徴で終了した事案は「所得隠し」と明確に区別して報道していますので、意識して注目していただければと思います。
「仮装又は隠蔽行為」と「偽りその他不正の行為」の違いについては、定義や境目が明確でなく、論ずると非常に長くなりますので、また別の機会にお話しさせていただきます。
さて、やっとここで「租税回避とは何か」についてお話しすることができます。節税はシロであり、脱税はクロと整理すれば、さしずめ租税回避とは節税と脱税の境目に位置する「グレーゾーン」の行為だと言えます。
租税回避行為とは①現行の法律が想定していない形式を利用し、②通常は行われないような合理性のない取引形態を用いて、③税負担を最小化させようとするもの、と説明されています。税金の世界には「租税法律主義」という考え方があり、これは法律の定めがなければ課税されることはないという大原則ですが、そうすると現行の法律が想定していない(つまり違法とは規定されていない)取引を利用した租税回避行為は、結果として合法ということになります。
税法が規定していない、法の網の目をくぐった一種の奇策・ウルトラCの節税に対し、課税当局はどのように対抗するのでしょうか。
現在の日本の税法では、私法上有効とされる納税者の行為計算を課税当局が否認し、通常あるべき行為計算に引き直して税額等を計算することのできる一般的否認規定は存在しません。例外的に同族会社等の行為計算否認規定(法人税法132条等)という「伝家の宝刀」が置かれています。
この規定の趣旨がどのようなものかというと、同族会社は少数の株主または社員によって支配されているため、その会社の法人税の税負担を「不当に」減少させる行為や計算が行われやすいと考え、税負担の公平を維持するため、税負担を不当に減少させる結果となると認められる行為または計算が行われた場合には、これを正常な行為または計算に「引き直して」法人税の更正または決定を行う権限を税務署長に認めたものです。
まず、同族会社であるが故、非同族会社では通常成し得ないような、「お手盛りの」経済取引が行われがちであるという色眼鏡の発想が根底にあります。
また、通常は行われないような合理性のない取引として挙げられる例として、「純経済人が行う行為として不自然な行為」があります。
しかし、近年では日本の企業も欧米並みに税金を企業経営上の重要なコストであると認識するようになっており、上場企業などの非同族会社であっても税負担を考慮した上で経営の意思決定を行うのは当然のことという風潮が強まっています。
そうすると、税コストの最小化を目指した行為こそ、純経済人が行う行為として自然なことだとも考えられ、同族会社だけをターゲットとした行為計算否認規定に無理があるようにも思われます。
いずれにしても、納税者にとって課税リスクの予見性は非常に大切なことです。もしかしたら否認されるかもしれないという不安を抱えたままの税務対策(タックスプランニング)は非常に不安定でストレスの基となってしまいます。租税回避に対抗するために、本来は法律解釈論で検討するのではなく、立法的整備によるべきなのですが、世の中の節税スキームや節税商品に法改正が追いつかないという現実があるため、このような行為計算否認規定を残しておかざるを得ないということになっています。
8月23日の日本経済新聞一面に『租税回避策、税理士に開示義務 拒めば罰則も』という記事が掲載されました。
内容は、「財務省と国税庁は企業や富裕層に租税回避策を指南する税理士に仕組みの開示を義務付ける方針。租税回避地(タックスヘイブン)に資産を移すなど悪質な税逃れを把握する狙い。」
「税務当局は開示された租税回避の仕組みから実態を把握し、抜け穴があると判断すれば対策を練る構え。国際的な税逃れの実態を明らかにした『パナマ文書』を受け、税逃れに厳しい世論を導入の追い風にする。」「企業の租税回避策には海外のグループ法人から損失を意図的に付け替えるなどの仕組みがある。税務当局が把握し切れていない税制の抜け穴を突いた仕組みも多い。」等々です。
租税回避策を提供し成功報酬を得ている専門家を対象としており、一般的な税理士または税理士法人よりも大手海外コンサルティング会社などがこの制度の対象となるのではないかと個人的には考えていますが、このような報告制度を義務付けないと常に先先をいく租税回避スキームに税務当局が対抗できないことの証左であるようにも思えます。
前述したように税コストの最小化を目指すことは企業経営上、当然のことです。そして極限まで税コストを減少させようとすれば、ギリギリのグレーゾーンとなる租税回避行為の範疇に踏み込まざるを得ません。
しかし、税務当局の対抗策は強化されてきており、常識的に考えて通用しない(と当局に判断されるかもしれない)奇策が抱える税務否認リスクはますます大きなものとなります。
私達はできることであれば不安定要因を抱えた奇策ではなく、何の不安もない王道の税務対策をご提案し続けていきたいと考えます。法人と個人を一体として考え、中長期的に将来のことまでを考慮しながら、専門家としてコツコツとあらゆる角度から常に税負担を最小化するための方法を検討し続けていくことが、結果として最良の税務対策になると信じているからです。
税務総合戦略室便り 第83号(2016年10月01日発行分)に掲載
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