東京都の舛添前知事による政治資金の私的流用疑惑が大きな問題となっています。
高額な海外出張費や公用車の使い方に端を発した問題は、家族との飲食費や個人的な趣味が疑われる絵画の購入などの公私混同が次々に明るみとなる事態に発展し、国民の批判の的となりました。
元検事の弁護士による第三者の調査結果では「不適切ではあるが違法性はない」と結論付けられましたが、これで国民が納得するわけもなく、世論や都議会からの厳しい追及を受け、結局は辞職という結果になりました。
ところで、一連の報道を見れば見るほど、今回問題とされている事柄が税務調査の際、会社と社長の個人的経費を巡る指摘事項と類似性が多いように感じています。そこで、これら公私混同などの問題が税務調査ではどのように取り扱われるのか考えてみたいと思います。
今回、都知事の公私混同が問題となった主な事柄を整理してみます。
改めて並べてみると、まさに「公私混同」「セコイ」という指摘のとおりです。不適切と糾弾されてもやむを得ないでしょう。なぜ不適切かと言えば、これらの費用に使われた政治資金は都民の血税だからです。
しかし、第三者の調査で結論付けられた通り違法ではありません。政治資金規正法には原則として支出についての制約がないからです。支出の記録さえしておけば公私混同であっても法に問われることはないのです。
政治資金規正法では違法性がないと結論付けられるような支出であっても、税務調査では通常、会社の経費として認められない可能性が高いことは皆様ご承知のとおりです。なぜでしょうか?
答を導き出すために先ずは「会社は誰のものか」ということについて考えてみたいと思います。
会社は誰のものかということについては以前から経営学の世界で議論されてきました。株主のもの、社員のもの、顧客のもの、人によって様々な答えがありますが、その中でも会社は株主のものであるという考えが主流です。その理由として株主はリスクを負ってお金を提供しているからだといわれます。株主は給与等の経費を支払った残りの利益の中から配当を受けますが、その分配も確定ではなく、その上で万が一、出資した会社が倒産した場合には所有する株は紙くずになってしまうのです。
これは会社法の世界における常識的な考え方です。上場企業であればそのとおりかもしれません。ところがこの考え方を世の中の大多数を占める中小オーナー企業に当てはめるとどうでしょうか。株主も代表取締役も同一人物、つまり社長が株主であり経営の最高責任者であるという会社がほとんどです。
個人事業主が商売の成長に伴い、主に所得税の累進税率と法人税率の差異を考慮した上で節税のために会社を設立したようなケース(いわゆる法人成り)が最もわかりやすいのですが、会社という形態をとっていても実態は社長個人のビジネスと何ら変わりがないとも考えられます。
このような実質個人会社にとっては上場企業と異なり「会社は社長のもの」というのが実態ではないでしょうか。
そうするとオーナー企業において「公私混同」という理屈はおかしいことになります。公も私もないのです。会社は社長そのものであり、会社のお金は社長のお金だからです。
弊社が現在開催している「オーナー社長の税金ストレスからの解放セミナー」では、この真実について、踏み込んでわかりやすく解説しています。
詳細についてはぜひセミナーをお聞きいただきたいのですが、株主であり最高経営責任者でもあるオーナー社長は、従業員とは比べ物にならない重い責任を背負っています。
企業経営の命綱である資金繰りのため金融機関から借り入れを行う際、通常は社長の個人保証を求められます。借入金を返済できなくなれば個人保証によって社長自身の個人財産を取り崩し返済しなければなりません。万が一、会社が倒産しどうにもならなくなったら、社長個人も家族も路頭に迷う恐れがあります。
会社として借りたお金も最終的には自分が責任を取って返済しなければならないのですから、その点をとってもやはり会社のお金は社長のお金と一体(財布は同じ)であり、社長の思うように会社の経費を使って何も悪くないとも考えられます。
国民のお金を私的流用しても政治家は政治資金規正法で違法性を問われず、会社の社長は自分自身のお金を使っているのにその使途について税務調査で問題とされるのはなぜでしょうか?理由を紐解くために少し専門的な話をします。
法人税法第22条第1項では「各事業年度の所得の金額は益金の額から損金の額を控除した金額とする」と規定しています。
同上第3項では「損金の額」を3種類に区分して規定しています。
意外とシンプルです。
シンプルな理由は「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」に従った会計処理をしていれば、税法はその会計処理を認めることとしているからです。
ここでいう、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準とは、客観的、常識的にみて規範性があり、公正で妥当と認められる会計処理の基準という意味とされています。
つきつめて順に考えていくと損金にできるか否かは「常識」の世界に落ち着くのですが、常識はそれぞれの人の、ものさしによって違いがあることがやっかいです。
世間一般の常識と知事の常識に乖離があるように、税務職員の常識と経営者の常識は異なるかもしれません。場合によっては顧問税理士と経営者の常識も異なります。
また「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」は株主保護のため会社法や会計学で規定されているもので、オーナー企業の考え方とずれがあるようにも思われます。
税法の世界ではよく「社会通念上相当と認められる」という言葉が登場しますが、これだけ多様化した世の中で社会通念をひとつに決めることも困難です。
舛添前知事の公私混同問題をオーナー社長の経費処理にあてはめてみます。
まず、税金ではなく会社のお金(=自分のお金)を使うのですからファーストクラスを利用しようがスイートルームに宿泊しようが勝手です。贅沢していけないという法律はありませんし、そもそも贅沢かどうかの物差しは人それぞれです。余談ですが同様の理由で高級外車を社用車にしても何の問題もありません。
それ以外の飲食費や旅費交通費などが「私的なものであるかどうか」税務調査で争点となった場合、最終的には「業務関連性があるか否か」がポイントになります。単純に言えば、仕事に関係があることを説明できれば必要経費にすることができます。
大臣や都知事を歴任した人物が公の場で答弁しているのですから、会社経営者も同じように若干でも業務関連性があるものは「仕事に必要な支出だ」と堂々と反論しても良いのではないでしょうか。
最後に、知事も今回の騒動が起こった最初に「私的な部分も含まれていたかもしれません。ごめんなさい」と勇気をもって言っておけばこのように問題が広がらなかったかもしれません。
税務調査でも到底認められない案件について、引くべきところを間違えて強固に主張しすぎ、かえって反面調査などに発展し、調査が長引いたり指摘事項が増えてしまったりというケースがあることも申し添えておきます。
税務総合戦略室便り 第80号(2016年07月01日発行分)に掲載
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