私は仕事柄、香港、マレーシア、シンガポールをはじめ世界各国を訪れますが、近年海外への資産の移動をはじめ、海外へ移住する方々と数多く接してきました。その動きは、徐々に大きくなり、特に、原発事故以降はにわかに活発になってきております。
昨年10月8日に発売された『週刊ダイヤモンド』では、まさにこのことが特集されています。タイトルは『日本を見捨てる富裕層』です。
巨額な財政赤字、高額な税金、円安・株安、震災および原発事故、そして、後手にまわる政府の対応、これらの日本特有の「カントリーリスク」に対して、富裕層は、資産を海外に移転、さらには海外移住することでリスク回避を行っているといった内容になります。
「日本の将来に不安を感じ、海外に資産を移動させる」、この現象は、本会報をはじめ、以前から一部では指摘されていたことではあります。しかし、日本の全体から見ればごく小数の金融や経済に対するリテラシーの高い方たちに見られる現象に過ぎませんでした。
今回、『週刊ダイヤモンド』という、ビジネス週刊誌としては最もメジャーなメディアで、これだけの特集が組まれるということをどう考えるか。今や海外への資産移転が、無視できないひとつの社会現象となったことの表れと捉えることが妥当ではないでしょうか。
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「でも結局、一部のお金持ちの話に過ぎないだろう」、このように思われるかも知れません。しかし、私は違った見方をしております。私は「富裕層は時代を映す鏡」と捉えています。
何故か。仕事柄、香港やマレーシア、シンガポールなどに足を運びますが、以前から、日本のカントリーリスクを懸念し、海外に移住した方々と交流を重ねてきました。多くの方は、いわゆる世間一般で言われている「富裕層」と呼ばれる方々です。
一口に富裕層といっても、会社経営者や医者をはじめ、弁護士や芸術家、代々の資産家などその職業は様々です。
ただどのような形であれ、代々の資産家といったケースを除けば、みな独力で、巨額の資産を形成したのです。彼らは何故、巨額の資産を形成することができたのでしょうか。様々な要因が存在すると思いますが、私は彼らとの交流の中で、ひとつの共通点に気づきました。それは「時代を先読みする敏感さ」なのです。
巷間言われていることですが、事業の成功の秘訣のひとつに「先手必勝」というものがあります。どんな事業でもそうでしょうが、既に市場が確立している中で競争するよりも、市場自体をつくり、一気呵成にシェアを確保することは、事業の成功を大きく約束します。しかし、現実はそう簡単にいきません。大抵の場合、後塵を拝すことになるのです。
ただ、逆に言えば、どんな市場においても、後塵を拝することのない、最初に仕掛けた存在がいるのです。最初に仕掛け、成功するということは、換言すれば、潜在的なニーズを読み取り、早すぎもせず、遅すぎもしない、まさに絶妙なタイミングで、物事を進めるということに他なりません。つまり、「時代を先読みする敏感さ」を持っているのです。
だからこそ、富裕層の動きは、時代を映す鏡とも言えるのです。その富裕層が日本を見捨て始めているのです。
それでは彼らはどこに向かうのか。様々な国が引き合いに出されますが、最も人気が高いのがシンガポールです。税金の安さや治安のよさ、中国語と英語による充実した教育、そして富裕層にとって心地の良いサービスが充実しているのです。
奇しくも先日、私自身、シンガポールを訪れました。震災後、シンガポールへ移住を希望する日本人が急激に増えたと聞き、実情を知るために向かったのです。
シンガポールの税制は、法人税は一律17%、個人所得税は最大20%の累進課税方式。遺産税(相続税)・贈与税は2008年に廃止がされています。にもかかわらず巨額の財政黒字国です。街並みは非常に洗練されており、スラムもなければ、ホームレスもひとりもおりません。
さらに驚いたのが、政府が毎年、国の財政状況に関して、貸借対照表と損益計算書を公開しており、お金が余った際には、所得税を還付する形で、国民に還元されるのです。
また首相の報酬も財政状況に応じて変化するシステムです。要するに非常に透明性の高い、合理的な制度なのです。ここで紹介するのはシンガポールの一端に過ぎませんが、世界中から移住希望者が殺到している「求められる国」のひとつの顔なのです。
翻って日本はどうか。財政赤字は、1000兆円を超え、税収は歳出の6割強しかありません。誰がどう見ても異常な状況が常態化しています。少子高齢化に歯止めがかからず、社会保障費は増大していき、ひいては国力の衰退が懸念されています。近年は、歴史的な円高が進み、輸出産業は大打撃を受け、追い討ちをかけるように震災や原発事故が起こりました。それに対して政治はなんら有効な手立てを講じることができずに、時間だけが過ぎていきます。
大抵の日本人はこれらの情報を知っています。しかし、どこかで「そうはいっても国が何とかしれくれるから大丈夫だろう」と思っているのです。夢にも国債の暴落などは起こらないと盲目的に「お上」を信じているのです。しかし、歴史を振り返れば答えは明白です。いつの時代も国家は栄枯盛衰を味わうのです。
私が今回、シンガポールで出逢った富裕層の方々は、これらの情報から本質を掴み取り、これから起こるであろう未来を先読みし、かつ、行動してしまう人たちでした。
仮に、同様の認識を持つに至っても多くの人たちは実際の行動には移らないのが世の常です。帰国便の中で私は、富裕層の共通点として先にあげた「時代を先読みする敏感さ」以外に、もうひとつの共通点に気づきました。それは「執着心がない」ということです。
一般的には、富裕層になる、つまり多くの資産を形成するには、強い欲望、つまり執着心が必要だと思われるかも知れません。しかし、本当は逆なのです。執着心があるということは、換言すれば、変化を嫌うことでもあります。今の家、今の仕事、今の私に、人間は執着するのです。彼らは、日本を出て海外に移住するということに対して、何の気負いもありませんでした。ただ、それが自らを守る合理的な選択だと、淡々と行動しているのです。日本特有のカントリーリスクを避けるためには、それがカントリーリスクゆえに、自らが依拠する国自体を変えなければ避けることができないのです。
これらの富裕層の共通点や動向を、「所詮、自分には関係ない遠い世界の話だから」と見るか、それとも「何かの変化の兆し」と捉え、自らに置き換えて考えてみるか。もしかしたらそれだけで世界の見え方が違ってくるかも知れません。
税務総合戦略室便り 第32号(2011年10月01日発行分)に掲載
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