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税務総合戦略室新メンバー紹介

category: その他
第41号(2012年09月01日発行分)
元国税調査官・税理士
松井 孝榮

私の古里

私の故郷は千葉県成田市。成田山新勝寺まで徒歩3分ほどの門前町で生まれました。成田山新勝寺は真言宗智山派の大本山のひとつであり、本尊は不動明王。年中行事も多く、正月の元朝大護摩から始まり、二月の節分会、三月の梅まつり、四月の花祭りと、毎月大きな宗教行事が開催されています。年間1千万人の参詣者が訪れる街であり、さらに成田国際空港ができたことで成田市の周辺の環境は一変していますが、平日の門前町は意外と静寂で、寺町にふさわしい落ち着きを漂わせています。 市内は自然にも恵まれ、夏の境内の森の中にはセミ、カブトムシ、クワガタもいて、小学生のころは昆虫採集に励みました。中学、高校になるとクラスの仲間と自転車を転がし、印旛沼や九十九里浜、遠く銚子の犬吠崎まで遊びに行ったものです。北総台地の自然の中、当時は自然科学好きの理系少年でした。
 そんな静かな田舎町も、私が高校に入学した頃から成田空港反対運動が徐々に激しさを増し、市内のあちらこちらで機動隊と新左翼との小競り合いが行われるようになりました。
 高校を卒業した後は、70年代の急激な故郷の変化を横目にバイトに明け暮れる大学時代を送っていました。

税務の道へ

大学構内が新左翼の派閥抗争、内ゲバや学園紛争で騒然とする中、オイルショック後の就職難の時期でもあり、何気なく受けた地方公務員試験を通過。次に受けるのは国家公務員上級試験だろうなとノンポリの私は人事院の出先機関に募集要項をもらいに行き、その時一番先に目に入ったのが国税専門官のパンフレットでした。仕事の内容も分からぬままにネーミングが気に入り、受験したのが長い公務員生活の始まりでした。
 翌年の四月、税務大学校に入学。全国400名の仲間と3ヶ月の研修を終了し、私は千葉税務署の法人・源泉課税部門に配置されました。当時の千葉税務署は、現在千葉東税務署、西税務署、南税務署の三署に分割されるほど広い管轄地をもつ署でした。
 個性的な上司、先輩に恵まれ、毎日法人税の調査に駆けずり回る日々が続きました。
 統括官の指令ミスもあって、香具師の大親分が経営する割烹料理店に無予告で現況調査を実施してしまったり、反面調査先が地域暴力団の事務所で組の若い衆数人に囲まれながらも引くに引けず、調査がひどく長い時間に感じられたり、知力はもとより、体力、胆力の必要な職場だと痛感したものです。

調査部へ

国税局調査部の調査官1人の席には10人の希望者がいるといわれています。税務署の法人課税部門に配置された職員の大部分が国税局調査部を目指すのは今も変わりありません。私も28歳のときに晴れて局調査部の要員となることができました。
 資本金一億円超の大規模法人は会社組織・商取引も複雑で、なんといっても検査する書類の量の膨大さは半端ではありません。全国の支店・営業所、工場等への調査に出向く機会も多く、苦労も多いが、やりがいのあるものでした。
 その後、署の総務課、法人税担当統括国税調査官を経て調査部に戻り、鉄道、海運、銀行、証券等、数多くの業種の調査を経験いたしました。

エヌエムシイ税理士法人へ

初めて弊社を会社訪問したときのことです。事務所エントランスが明るく丁寧に磨き上げられ、案内された応接室のテーブルに染みひとつ見出せなかったことは驚きでした。
 その後、社員一同が毎朝朝礼の後に室内を清掃していることを知りました。「健全なる仕事は清潔なる事務所に宿る」ですね。
 今回、縁あって当税理士法人に入社いたしましたが、これまでの経験と知識が少しでも皆様のお役に立てれば、と思っております。

税務総合戦略室便り 第41号(2012年09月01日発行分)に掲載

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