「企業は時代への対応が不可欠」と言われます。いつも時代の変化を察知し、フレキシブルに改革・革新を遂げ自分を変えていきながら、時代にあった商品サービスを提供していく。試行錯誤を重ね、トライ&エラーを繰り返しながら、どこまでも前進していく。それが企業です。それが何百年と生き残っていく企業の王道ではないかと思います。
前回私は、自分の会社もそのような「百年企業」にしていく、という決意を表明しました。今回は、企業の改革・革新をスムーズに遂行していくために必要なことは何なのかを、考えてみたいと思います。
老舗企業をみると、創業当初の事業とはまったく関連がないように見える事業を行っているところが少なくありません。
「フジフィルム」は、デジタルカメラ全盛の時代になって写真フィルムの需要がなくなった現在、その技術を活かして化粧品や医薬品のメーカーに変貌、大成功を納めています。しかし、同じ写真フィルムの技術を持つ「コダック」は倒産しました。その違いは、時代に合わせて業態変革を行ったかどうかにあります。
下着メーカーとして有名な「グンゼ」も1896年創業の老舗です。もとは養蚕の会社でしたが、やがて下着メーカーになり、現在は医療素材メーカーとして注目されています。時代や技術環境などの変化を見て、自社の得意としている業態に革新を加え続けてきた結果でしょう。
羊羹で有名な「虎屋」の創業は、1586年です。戦国時代が終わったばかりのころから和菓子の伝統を今に伝える老舗ですが、同じ羊羹でも味はその時代の人々の舌に合わせて少しずつ変化させているそうです。商品自体は変わらなくても、味やパッケージや売り方などを時代に合わせて変革していく。これも企業を支える重要な改革・革新です。
フジフィルム社もグンゼ社も、ドラスティックに業態を変えて企業を存続させてきたように見えます。しかしそこには、社内にいなければわからない「過程」があったはずです。それは小さな革新の連続です。
たとえ現状の事業がうまくいっていても、時代を見据えて「このままではいけない」という問題意識があれば、社内には絶えず改革・革新へのエネルギーが充満しています。小さな変化の芽があちこちから出ては消え出ては消えしながら、会社は気がつかないうちに変わっていきます。そしてあるときサナギが羽化するように、企業は見事な変貌を遂げて再登場するのです。
新しい時代というのは、必ずやってくるものです。その新しい時代でも愛される良い企業であるために、いま勇気をもって小さな革新(そして失敗)を繰り返し、小さな成果を積み重ねていくことが重要です。その長い困難な道のりがなければ、本職の業態を思い切って変えていくことなどできるわけがありません。
その「過程」をコントロールして改革・革新の原動力とするのが、経営者の仕事です。
会計事務所業界と弊社の改革・革新を例に考えてみましょう。
会計事務所では、世の中が驚くような業態変化はここ50年で何一つ起こっていません。しかしここに来て私は、ある兆候を感じています。大胆な改革が進み、会計事務所の概念もそのビジネスモデルも大きく変わっていくのではないか、そんな予兆です。
それは「クラウドコンピューティング」によって可能になる二つの「レス」から始まります。
クラウドコンピューティングとは、世界中にひろがるパソコンをグループ化して情報を共有させる仕組みです。これによってまず、会計事務所と中小企業の経理は「ペーパーレス」になっていきます。
弊社は、お客様企業の情報はすべてデータセンターに置いてあります。経営者はウェブ上でIDとパスワードを入力すれば、そのすべてのデータをいつでも自由に見ることができます。シンガポールにもデータセンターを設置してバックアップを取ってありますから、たとえ日本のデータセンターがダウンしても、すぐにシンガポールのデータセンターに切り換えることができます。
また、経営者は自社の重要な資料もすべて弊社のデータセンターに預けることができます。それを会計事務所も見られるように設定しておけば、いろいろな案件をペーパーレス、オンラインで、会計事務所に相談できます。
二つめのレスは「電話レス」です。
弊社では「私書箱」という特別なメール機能を各お客様企業と構築し、ここでほとんどすべてのコミュニケーションを交わしています。お客様企業とのやりとりはすべてデータに残りますから、取引のさまざまなことが合理的に進んでいきます。
たとえば、電話だけでの打ち合わせでは、いわゆる「言った、言わない」の曖昧さが残ります。担当者が引継ぎを行う場合も、それまでのやりとりをすべて説明しなければいけません。
しかし、私書箱にコミュニケーションのすべてが残っていれば、そうした問題はクリアになります。また、お客様とのやりとりは担当者以外のスタッフも見ることができますから、社内第三者からのチェック機能を働かせることもできます。
さらに、世界のどこでもパソコン一台でつながることができるクラウドコンピューティングですから、社員は自宅で仕事ができ、必要なときだけ出社すればOKです。
外部スタッフも同様です。育児や介護などのためにパートタイム勤務は不可能でも、在宅仕事なら1日2~3時間はできる、そういう人に仕事をお願いすることができます。東京に住んでいる必要はなく、インターネットの環境が整っていればどのような地方でも過疎地でもOKです。弊社はそうした在宅の外部スタッフを40名以上抱えています。
こうなると会計事務所のイメージはガラッと変わっていくでしょう。
これまで会計事務所は、紙を媒体とした情報(書類)をお客様企業と会計事務所とを行き来させ、また、人(会計事務所の職員)もお客様企業と会計事務所とを行き来させることで、地域の複数の企業の経理を見ていたわけです。必然的に会計事務所のマーケットは、その地域限定となっていました。
ところがクラウドコンピューティングが整ってペーパーレス・電話レス、仕事の在宅化などが進むと、会計事務所は日本全国どこにでも、複数の事務所を設置することができるようになります。それぞれの事務所には税理士が一人いればOKですから、20坪程度のワンルームマンションでまかなえます。
弊社ではこれを「サテライト事務所」と称し、とりあえず年内に3カ所設置する予定です。そして、3年間で都内30カ所に拡大していきます。それぞれ100社ほどのお客様企業を獲得できれば3000件の顧客拡大になります。
一つの会計事務所が3000件のお客様を見ることは、これまでの業界の常識では非常に稀でした。しかしクラウドコンピューティングを活用して拠点をつくれば、難なく可能になります。
会計事務所業界には、大きな衝撃を与えるでしょう。われわれも「会計事務所業界の革命」くらいのつもりで取り組んでいます。
弊社は、このシステムやノウハウをほかの会計事務所に提供しています。たくさんの会計事務所が導入を決め、それぞれの事務所の改革・革新を試みようとします。ところが、これがなかなかうまくいきません。なぜうまくいかないのでしょうか。
いちばん目立つのは、従業員の問題です。
ビジネスモデルを革新していくときは、社内にたくさんの反対や抵抗が現れます。それまで頑張って開発し、磨いてきた技術や伝統を捨てて新しいものに変えていこうというのですから、それを守ろうと抵抗する人が出てくるのが当然なのです。古い従業員ほど、その傾向にあります。
そうした反対意見を抑えて革新を進めていくのは大変なことで、それが改革・革新の障害になっていることは少なくないかと思います。
しかし、これは解決不能ではありません。なぜなら、従業員が抵抗したり新しい技術に追いついていく力を発揮しないのは、じつはほかならぬ経営者自身の問題だからです。
企業の改革・革新を進めるうえで最も大きな障害となっている元凶は、じつは自分自身を変えようとしないトップです。「改革・革新したくても従業員が動かない」と嘆く経営者は、そのことに気づかなければいけません。
企業がいつの時代にも従業員やお客様から愛され、誇りに思われる存在として続いていくためには、時代にあわせた改革・革新が欠かせません。全社が一丸となってそのチャレンジを行っていくには、まず経営者に自分自身の頭を根こそぎ変えていける準備があることです。経営者自身がいままでの存在とは違う存在に変革し、その姿をナンバー2以下の従業員に見せていくことで、従業員も変わっていくのです。
経営者が自分を変えることを忘れているために改革・革新を失敗して伸び悩んでいる中小企業は、数えきれないくらいたくさんあります。
経営者はみな、「改革・革新が必要」ということを理解しています。だから高額な資金を投入してセミナーに出席し、新しいノウハウやシステムを導入して、会社に革新をもたらそうとします。ところが、そうやって改革・革新のためのマインドとノウハウを手取り足取り学んでも、じつは経営者自身の中身はまったく変わっていないのです。だから、いくら社長がセミナーの成果を自社に持って帰り、興奮して話しても従業員は動きません。
経営者自身が自分を改革・革新しないまま従業員にいくら号令をかけても、反対・拒否にあうだけです。無理にやらせれば反発が起こるかもしれません。そうやってうまくいかないと経営者自身の思いもぐらついてきて、「やっぱり無理だ」「システムがおかしいのではないか」「時期尚早だったのだろう」と諦めてしまうのです。
セミナーで聞いた言葉を従業員にいくらリピートしても、決して伝わりません。なぜならそれは「従業員にやらせよう」という安易なアイデアに過ぎないからです。
他人を変えるということが、いちばん難しいのです。「お前はダメだから変われ」と言っても、変わるものではありません。必要なのは、自分を変えていくことです。少しずつ自分を変えていくと、他人も変わっていきます。
もちろん、自分を変えられないこともあるでしょう。年齢には逆らえない、専門分野が違う、常識が違う、いろいろな壁が立ちはだかります。その壁を乗り越えられないのであれば、経営者はすべてを任せて口出ししないことです。身を引くことによって会社を変えるのです。全権を委任する、身を引くということも、じつは「自分を変える」ことなのです。それはトップの「覚悟」です。
会社に改革・革新をもたらすには、まずトップの覚悟が不可欠です。経営者自身がいつも変化を楽しんで、わくわくしながら、自分が先頭に立って自分を変えていく。経営者というのは、そういう存在なのです。道具や環境や従業員のせいにせず、まず自分自身を見つめて変革させていくこと。これが、企業を改革・革新させ、成長・維持していくための第一歩と言えるでしょう。
税務総合戦略室便り 第56号(2014年06月01日発行分)に掲載
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