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成功者になるための法則その11 
中小企業の社長に求められる資質

第61号(2014年12月01日発行分)
エヌエムシイ税理士法人 会長・税理士
野本 明伯

中小企業経営でいちばん大切なものとは、何なのでしょうか。中小企業の成功のために、経営者は何が求められているのでしょうか。  いろいろな答えがあると思います。経営理念、先見性、人材育成、経営計画……。どれも間違っていません。  しかし現実を見ると、中小企業は「代替わり」をきっかけに急速に衰え息絶えていくケースが少なくありません。中小企業の存続・繁栄のために最も重要な現実的課題の一つが「後継者選び」であることは間違いないでしょう。とくに創業社長には深刻な問題です。  今回は、中小企業の「経営者像」というものを明らかにしながら、では、どのように後継者を選べばよいのかについて考えてみたいと思います。

社長室に掛けられた書

当社の社長室には一幀(いっとう)の書が飾られています。そこには「魂柱(こんちゅう)」と書かれてあります。意念のこもった迫力ある筆で、ふと目をやるたびに心が落ち着きます。  私はこの書をとても気に入っています。しかしこれは、じつは10年ほど前に私の妻が気に入って購入したものなのです。  そのとき妻は、友人に誘われて書の展覧会に出かけたのでした。友人は書を習っていて、その方の作品も展示されていたのです。  いろいろな作品を鑑賞しながら歩いていて、妻はふと一つの書に目を奪われました。そして一目惚れし、その場から離れられなくなってしまったというのが、いま当社の社長室にある「魂柱」の書なのです。  妻はどうしても欲しいと思い、係員に購入したい旨を伝えました。ですが、残念ながら売り物ではありませんでした。それは、展覧会を主催した大先生の作品だったのです。  しかし妻も諦めません。後日直接その大先生を訪ね、なんとか譲ってもらえないかと直談判しました。最初は断られましたが、妻の熱心さにほだされ、先生はとうとう首を縦に振りました。売ってもらえたのです。  そんな経緯があって、いま「魂柱」という文字を描いた力強い書が私の部屋に飾られています。

「魂柱」とは何か?

ところで、「魂柱」とはどういう意味でしょうか。賢明な読者のみなさんのなかにも、ご存じの方は少ないのではないかと思います。  魂柱は、バイオリン、チェロ、ビオラなどの楽器の内部に立てられている円柱状のパーツの名前です。  バイオリン型楽器のボディは、弦のあるほうの前面が盛り上がっています。それを中から支えているのが魂柱です。もしもお手許にバイオリン型の楽器があれば、f型に空いている穴から内部を覗いてみてください。魂柱が見えるはずです。  魂柱は接着剤などで固定されているわけではありません。弦を張ったときに表板に加わる力によって、表板と底板の間で挟まっているだけです。弦から出た音は魂柱によって底板へ伝えられ、楽器全体の絶妙な共鳴がつくられているのです。  魂柱をどこの位置に設置するのかは、その楽器の音色を決める非常に重要なカギになるそうです。空洞になっているボディの中でいろいろな周波数の音が調和し、一つの美しい音となって出てくる、そのきわめて微妙なバランスを取るために、この魂柱の位置が調整されているのです。  魂柱の最適な位置は、一つ一つの楽器ごとに違うそうです。熟練した楽器職人は、楽器の材質、弦を支える駒の状態などさまざまな要素を考え、低音から高音までの響き方を入念に確認しながら、その楽器の魂柱の最適な位置を探し出します。そしてその位置によって、魂柱の長ささえも微妙に変えるのだそうです。  まさに、楽器に「魂」を宿すための職人技です。

中小企業経営者は「魂柱」たれ!

社長室に魂柱の書を飾って、私も初めてその意味を知りました。それからというもの、社長室でこの書に目をやるたびに、中小企業経営者としての自分自身を新たに振り返る気持ちになっています。  なぜなら魂柱は私自身だからです。バイオリンの内部で全体の音を統括し、調整することによって、その楽器ならではの素晴らしい音を出させている魂柱こそ、成功する中小企業経営者の姿そのものではないかと思うからです。  そう考えると、この書は来るべくして私の部屋に来たと思えてきます。  もちろん、妻は魂柱の意味などわからず、ただこの書のかもしだす美的な魅力に心を奪われて購入しただけでした。しかしその結果、私にかけがえのない内面的な価値をもたらしてくれたのです。  妻にはそんなところがあります。私は妻に経営のアドバイスを乞うことはありませんが、あとで思い返すと、会社の節目節目の重要なところでちらっと囁く妻の意見が私に重大な決断をさせていた、ということが何度かあります。本人はそこまで深い意味を伝えようとしたわけではないのですが、結果として私に大きな気づきと決断をもたらしてくれるのです。それがどれだけ大きな自信となって前進できたか、あらためて感じています。これが「内助の功」というものなのかもしれません。

大企業社長はオーケストラの指揮者

さて、話を戻しましょう。  企業のトップとはどうあるべきか。それは一概には言えないでしょうが、間違いなく言えるのは、「二つに分けて考えなければいけない」ということです。株式公開しているパブリックカンパニーと、そうではない中小企業の二つです。  つまり、大企業の雇われ社長と中小企業のオーナー社長はおのずから役割が違う、やるべきことが180度違う、そのことを決して間違えてはいけない、ということです。そして、その間違いをして伸び悩んでいる中小企業のトップが非常に多い、ということです。  中小企業というのは従業員が数十人から200人くらい、多くてもせいぜい500人です。しかも、業態は大企業のように幅広いわけではありません。したがって中小企業の経営者は、自分の生き方や経営の考え方といったものをすべての従業員に浸透させ、すべての力を一つの方向に向けて走らせることが仕事です。  中小企業の従業員は「金太郎飴」でよいのです。たとえ数百人の従業員を抱える中小企業でも、誰もが同じように標準化されていないと逆に困ったことになります。そうした一体となった組織こそ、中小企業の成功の源になります。  一方、大企業はどうでしょう。従業員は1000人、2000人、何千人といます。ベースとなる業態のもとにさまざまな事業があり、商品やサービスの種類も「得意分野で勝負」の中小企業とは比べものになりません。しかも、常に新たな業態やマーケットを求めています。  そこにいる何千人という従業員が「金太郎飴」では困るのです。すべて社長の言いなりの従業員ばかりでは、会社自体が動かなくなってしまいます。さまざまな個性を持つ従業員が、さまざまな能力を発揮して、会社全体として機能させていくのが大企業の経営者の役割なのです。

大企業を真似てはいけない

中小企業の経営者は、「魂柱」として、そこに入ってくるさまざまな音(人材)をまとめ、調和のとれた一つの美しい音を奏でなければなりません。その音(商品やサービス)は楽器(中小企業)ごとに異なります。その違いは、魂柱(経営者)の微妙なさじ加減によってつくられているからこそ、それぞれの企業の特徴が表れて事業が成功するのです。  オーケストラでは、バイオリンやピアノのほかにも、ビオラ、チェロ、コントラバス、チューバ、ホルン、フルート、オーボエなどなど、さまざまな楽器がそれぞれのパートを奏でます。一つ一つの楽器(人材)の個性はバラバラですが、これを全体のアンサンブルを整えて交響曲とし、最も効果的に演奏(行動)させるのが指揮者(経営者)です。  中小企業なのに、オーケストラの指揮者のようなことをやろうとするオーナー経営者が、いかに多いことでしょう。それが企業の一体化にブレーキをかけてしまいます。  大企業と中小企業は違うのです。中小企業経営者は、失敗はすべて自分で責任を取らなければなりません。全財産を投げ出して家族も犠牲にして尻拭いをすることが社会的に求められます。どのような失態を演じても、頭を下げて退職すれば終わりという大企業経営者とは、最初からまったく違う存在なのです。  オーナー経営者は、だからこそ、ワンマンでなければなりません。ワンマンになって従業員を一つの方向に向けさせ、号令をかけて夢を実現させるのです。それを忘れて従業員の顔色をうかがった経営をしようとするから、中途半端なことしかできないのです。魂柱が指揮者になろうとするところに無理が生じるのです。

中小企業の後継者選び

サントリーという企業は代々一族による経営を続けてきましたが、最近になってローソンの前社長を経営者に迎えました。ベネッセ・コーポレーションは、マクドナルド前社長を社長に招きました。  大企業では、異業種から社長を迎えて会社を建て直した事例がたくさん見られます。大企業が他業種から経営者を探そうとするのは、その会社の技術や商品を知っているかどうかよりも、指揮者としての力を重要視するからにほかなりません。  中小企業ではどうでしょう。創業オーナー社長は、強い個性と欲望によって唯一無二の会社を築いていきます。確固たる企業に育て上げます。しかし、だいたい二代目になって、普通の会社になり廃れていくことが少なくありません。  多くのオーナー社長は二代目を息子に託したいと考えます。そのために、大学卒業後すぐに自分の会社に入れ、従業員の一人として仕事を覚えさせます。しかし、その二代目は、たとえ会社の技術は覚えたとしても、経営者になったときに力を発揮することができません。なぜなら、どうやって魂柱の役割を果たせばよいかわからないからです。そもそも、その役割自体を理解していません。中小企業が二代目に廃れていく大きな理由がここにあります。  あるいは、二代目社長を従業員のトップから選ぼうとする経営者もいます。番頭さんに店を譲るかたちです。しかし、これも同じ理由でうまくいきません。「副操縦士はパイロットにはなれない」と言われます。いかに長年、副操縦士として補佐をしても、いざ一人で乗客の命を預かるパイロットとして操縦しろと言われてもできないのです。経営も一緒です。  中小企業の経営者は、常に自分自身で判断し決断して、従業員やその家族の人生を保証していかなければなりません。その仕事は現場の業務とは異なるもので、中小企業経営者のための教育がなければこなせません。中小企業なりの「帝王学」が不可欠なのです。

長い目で「魂柱」を育てること

中小企業が他業種から後継者を探す例はほとんど見られません。それが可能であれば、私は中小企業でも事業承継はうまくいくのではないかと思います。創業オーナー社長の顔色をうかがうクセがなく、自分がたった一人の経営者であることを自覚して切り拓いていく力を発揮できる可能性があるからです。  中小企業の経営は、中小企業経営者にしかできません。後継者選びには魂柱の役割を果たすことのできる、中小企業経営に相応しい人間を探す、あるいは育てるという、中長期的な目が必要です。中小企業経営者は、自分のためにも後継者のためにも、このような視点をいつも持っていることが大事です。

税務総合戦略室便り 第61号(2014年12月01日発行分)に掲載

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