私は大学を卒業したあと、税理士試験を受けました。税理士という国家資格は、合計5科目の税理士試験に合格する必要があります。さらに2年間の実務経験を積めば取得できます。私は最初の受験年で簿記論と財務諸表論に合格し、2年目は法人税と相続税に合格しました。3年目に失敗してしまいましたが、固定資産税を4年目に合格しました。5科目合格を果たすことができたのです。
一方、税理士試験の勉強をしながら都内の会計事務所に勤めて実務経験も積みました。
晴れて税理士となった私は昭和48年に、福島県いわき市の自宅で野本会計事務所を開業しました。それから15年後、東京に進出して株式会社エヌエムシイを設立しました。創業から15年の間、私はまさに税理士としての仕事に邁進していたのです。
これからお話しするのは、その税理士として脇目も振らずに頑張っていた頃の、少々苦い思い出です。
税務調査は、2~3名の調査官が会社にやって来ます。そして、2~3日かけて帳簿などを調べます。また、社長に質問をして記録を取っていきます。会社での調査が終わると、調査官たちは調べた内容を役所に持ち帰り、さらに詳しく調べていきます。帳簿の内容や社長の言葉が本当なのか、銀行や取引先を調査して裏付けを取っていくわけです。
税務調査の結論が出るのは、早くても1~2か月後です。場合によっては再調査が行われ、最終的に半年ほどかかることもあります。その間、経営者は針のむしろに座らされることになるわけです。
私がいわき市で開業して何年かたったあるときのこと。顧問先の水道設備会社に税務調査が入りました。私は顧問税理士として、税務調査に立ち会うことになりました。
税務調査の当日、設備会社には2名の調査官が来ました。帳簿などをチェックし「これは経費としては認められない」などと次々に指摘し、決算申告を否認していきます。立ち会っていた社長は、暗い表情で青ざめていたように思います。私も調査官の話を聞いていました。
調査官は税法の専門家ですから、間違ったことは言いません。白を黒と言いくるめるようなことはないのです。顧問税理士として立ち会っていた私にも、すべて「ごもっとも」に聞こえてきます。
私は言われるがままにうなずき、気がつけば社長に対して「これはこういうわけで間違っているのです」などと説明をしていました。お客様の味方をして税務調査から守って差し上げるべきなのに、経験の浅い私はいつの間にか税金を取り立てる税務署側に立ってしまっていたのです。
あのとき私は、追徴課税を払った設備会社の社長からこんな風に言われました。
「あんたは税務署の味方なのか。弁護士なら、たとえ殺人を犯した人間でも、その理由を聞いて少しでも情状酌量が得られるようにする、税理士も同じではないか。あんたはまったく逆のことをしてくれた」と。
まさにその通りだったのです。
思えば、こうした苦い経験は何度かありました。税務調査で本当にお客様の味方をしてきたかと振り返ると、今ものすごく恥ずかしい思いに駆られるのです。
会社は、税法に定められた取り決めに沿って法人税や消費税を納めなければいけません。税法に反して少ない納税をすれば、税務調査で「黒」と指摘され、追徴されるわけです。
しかし、現実に世の中で行われている商売、取引というものはすべて、税法上黒か白かをはっきり区別できるものではありません。所得隠しのような明白な脱税は別として、一般的な商取引はすべて、見方によっては黒とも白とも判断できる「グレーゾーン」の範疇にあるわけです。
たとえば、取引先の社長とゴルフを楽しんで費用は自分が払った、これを会社の経費にできるのか。このときゴルフは社長の趣味だから経費とは認めないとするのが調査官です。
一方でお客様を守る立場の顧問税理士は、ゴルフ相手は取引先の社長だから遊びではない、仕事のうちだと判断して主張するわけです。
当時の私はそれをせず、ただ黒と主張する調査官の説を支持するばかりでした。おまけに本来味方をするべきお客様である社長に説諭までしてしまったのです。
なぜそうなってしまったのでしょう。それは、私が正規の税理士試験をパスして世の中に出てきた、新米の税理士だったからです。
正規の試験というのは、税法のなかで黒か白かが問われます。それを必死に勉強してきたわけですから、税理士になったあとも頭の中には黒か白かしかなかったのです。だから調査官の言葉が「ごもっとも」に思えてしまったのです。
これは実はベテランの税理士でも、さして変わらないはずです。15年間、税理士として切磋琢磨してきた私は、そう思っています。
当税理士法人では、国税局OBのスタッフがお客様の税務調査に立ち会います。彼らは長年にわたってグレーゾーンの実務(世界)で闘ってきていますから、かつての私のような税理士とはまったく違います。いまは逆の立場にたって、調査官の説に反論することができるわけです。
税務調査に対する私の「常識」は、その後大きく転換していきました。そのきっかけとなったのが、当社に入った二度の税務調査でした。
1回目の税務調査のとき、私は当時野本会計事務所の職員だったNさんに立ち会ってもらいました。Nさんは税務署の元特別国税調査官です。
調査が進み、何か月かたって結論が出ました。調査官からいろいろな否認事項が提出され、不足している納税額を支払うよう伝えられました。すると、そのNさんが調査官に向かってこんなセリフを吐いたのです。
「この税金、負けてくださいよ」
私は自分の耳を疑いました。税金を値切っているのです。調査官はNさんの話を聞いています。そして最後には、本当に追徴課税額が少なくなりました。負けてくれたのてす。
私はかなりの衝撃を受けました。15年以上も税理士をやってきて、税金が負けてもらえるなんて思ってもいなかったからです。調査で指摘されても交渉すれば税金は安くなる、そのことを私は税理士の仕事をしていて初めて知ったのです。
それから7~8年後、当社に2回目の税務調査が入りました。このときは、国税局OBのKさんに調査の立会いをお願いしました。そのことをKさんに伝えると、彼はこんなことを言ったのです。
「調査官が来て挨拶をしたら、社長はもう下がってください。税務署との対応はすべて私がやります、社長はいっさい顔を出す必要はありません。最後に結論が出ましたら、また挨拶だけしてください」
これが2回目の衝撃でした。
中小企業の全体を知っているのは社長しかいませんから、社長が立ち会わなければ税務調査は始まりません。それが税理士としての私の常識でした。ところがKさんは、いっさい顔を出さなくていい、社長の仕事をしていてくれ、と言うのです。
私は「本当か!」と驚き、そしてすぐに笑顔になりました。税務調査の連絡が入ってから、ずっと心を悩ませていたからです。実際の調査のとき、最初に挨拶して「あとはよろしく」ですみました。どれほど気が楽だったかはかり知れません。
この二つの貴重な体験は、当税理士法人のサービスに大きな影響を与えました。
「税金を負けさせる」「社長は税務調査に立ち会わなくていい」そういうことは、教科書を必死に勉強してきた試験組の税理士には、とても言えるものではありません。彼らがそんなことを言えるのは、当局の内部や調査官の思考回路、さらにはグレーゾーンの最終的な落としどころを熟知しているからでしょう。
そのことを痛感した私は、国税出身の社員をそろえて「税務総合戦略室」をつくりました。そこで一般的な税理士には決してできない、しかし経営者がいちばん安心できる、いちばん望んでいる税務サービスを提供したいと考えたからです。
私の発想は間違いではありませんでした。実際に税務総合戦略室で「セカンドオピニオン」サービスを提供してみると、全国からオーナー経営者の方が殺到し、さまざまな相談が寄せられました。みなさん喜んでいただいているのです。
先日ご来社されたお客様のお話を紹介しましょう。年商何十億という売上を出している優良企業の経営者の方です。ご自身は報酬を月200万円くらい取っておられます。奥様は専業主婦ですが、監査役という名目で月8万円の報酬を取っていました。
社長はこの奥様の報酬を8万円から30万円にアップしたいと、会計事務所に何度も相談しました。ところが顧問税理士は頑として「8万円以上は無理です、調査が来たら否認されます」と言うのだそうです。本当に無理なのか、という相談でした。
私は「30万くらい取れますよ」と即座に答えました。なぜなら、監査役は会社法で認められた役職なのです。実態は専業主婦でも、監査役に就いているのですから、何か会計上の問題が起これば会社法に則って責任が問われます。それで報酬が8万円ということはないわけです。
私はこう言いました。
「これだけの企業規模なのだから、監査役として奥様が30万円取っても問題ありませんよ」
このお客様からは、セカンドオピニオン契約をいただきました。さらに踏み込んだご相談の結果、奥様は取締役に就任し、報酬は100万円にしたそうです。
もちろん、調査が入っても当税理士法人が守ります。その根拠は十分にあります。社長はたいへんに喜んでおられたそうです。
社長報酬についても、「もっとたくさん報酬を取りたいけど、税理士が許してくれない」と嘆くオーナー経営者の方がたくさんいます。しかし税理士がそう言うのは、自分自身の保身のためなのです。もし税務調査で否認されたら税理士の指導が問われてしまうからです。
オーナー経営者は、会社の利益に応じて取れるだけの報酬を取っていいのです。調査官を説得できる裏付け、ストーリーを用意しておけば、いくらでも取れます。
このシリーズは「税務調査なんか怖くない」というタイトルですが、実は税務調査よりもっと怖いことがたくさんある、ということに経営者のみなさんは気づいておかなければいけません。
日々、節税対策をして納得できる決算・申告ができていたとしても、会社が成長して収益が大きくなっていくとどういうことが起こってくるか。
たとえば、会社の設立時に従業員や知人に買ってもらった株の価格が10年、15年たって大きく上がっている。あるいは株を買ってもらった第三者が亡くなって奥様などの相続人が所有している。それでもはや買い取ることができない。こうした状況は、相続のときや会社を清算したいときなどに大きなリスクとなります。
さらに、オーナー経営者は会社のお金ばかり考えていればいいわけではありません。個人の税金も、さらに家族の税金もあります。最後には一生の所得を精算する相続税も発生してくるわけです。
目先の税金ばかりではなく、経営者の人生をトータルで見たときのあらゆる税務のリスクに対しても長期的な目でチェックし、アドバイスし、人生設計をして最善の方法を検討していく。そんなサービスを提供できることが本当に喜ばれる顧問税理士ではないかと思います。会計事務所がそこまでの目配り気配りができれば、オーナー経営者の人生はもっと安心で安全なものになるでしょう。そして、ストレスのない明るい人生を送ることができるのです。
a「税務調査なんか怖くない」というのは、短期的な一つの対処療法だと思います。われわれは、さらにその先にある「人生のすべてのステージで税金なんか怖くない」という長期的な安心や安全を提供していかなければならないと考えています。そこに、オーナー経営者の方がわれわれに求める本当のサービスがあると確信しています。そこに気づいた私は、この秋から、サービスを提供できるように、いま準備を進めております。
税務総合戦略室便り 第68号(2015年07月01日発行分)に掲載
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